【科学的に徹底解説】 ピーマンと唐辛子を一緒に植えても辛くはならない

ピーマンをトウガラシの隣に植えても辛くはならない

  先日、某質問サイトを見ていたところ、「ピーマンの隣に鷹の爪を植えると、鷹の爪の花粉がピーマンと交雑し、栽培中に辛くなる」との解答がありました。これについてカプシカム研究所の見解としては

はほとんど起こりえないことであると考えております

  この問題の難しいところは、「ありえない」ということを証明することにありますが、これまでのトウガラシの辛味に関する遺伝学的研究から分かっていることをふまえると、ピーマンにトウガラシの花粉が混じることで、栽培中に辛味が生じるということはほとんどありえないと考えられます。

 本記事では、なぜピーマンの隣にトウガラシを植えても辛くならないのか、いくつかの科学的な根拠をふまえて解説していきたいと思います。

根拠①キセニア現象ではピーマンの辛味発生を説明できない

 鷹の爪の花粉の混入がピーマンの辛味発生を引き起こす理由として「キセニア現象」をあげられる方がいらっしゃいますが、これは確実に間違いというか、勘違いです。

 キセニア現象とは優性形質(両親がもつ形質のうち、次世代にあらわれる片方の形質)をもつ親の花粉がめしべに付着すると、受精してできた種子内の胚乳という組織に優性形質があらわれるというものです。これだけではピンとこないと思いますので有名なイネを例に説明したいと思います。

 イネの胚乳組織(お米として食べる部分)にはウルチ性とモチ性があり、これまでの遺伝学研究からウルチ性形質は優性、モチ性形質は劣性であることが知られています。もし、ウルチイネの花粉がモチイネの花粉に付着し、受精して種子ができたとしても、その種子内の胚乳はモチイネであるにも関わらず、ウルチ形質を示してしまいます(下図)。このよに優性形質親(ウルチイネ)の花粉が劣性形質親(モチイネ)と交雑してしまい、劣性形質親(モチイネ)の胚乳形質が大きく変化してしまう現象を「キセニア」といいます。

 このように、キセニア現象が生じると、栽培時の世代であっても形質が大きく変化してしまうことがあります。これを見ると、ピーマンの辛味発生も同じじゃないの?と思われるかもしれません。

しかし、

これは種子中の胚乳組織だけで起こる現象であり、果実全体には影響をおよぼしません(果実全体に影響をおよぼす場合はキセニアとは呼びません)

 トウガラシは辛味を持つ形質が優性形質であり、辛味を持たない形質が劣性形質であることが分かっており、必ずしもキセニアが起こらないとは断言できません。しかし、たとえキセニアが起こったとしてもそれは種子内の胚乳組織にかぎられた出来事です。トウガラシ果実内の辛味成分が合成される場所は主に胎座や隔壁という果実内の組織であり、一部の激辛品種を除き、種子内には辛味品種であってもほとんど辛味成分が存在しません。したがって、ピーマンにトウガラシの花粉が混ざり、種子内の形質が鷹の爪由来のものに変わわることがあろうとも、鷹の爪ですら種子には辛味がほとんどないのですから、ピーマンの種子が辛くなることもありませんし、ましてや、果実全体の辛味が変化するということはないのです。よって、キセニア現象を根拠にピーマンの辛味発生について説明することはできないのです。

根拠②メタキセニアはトウガラシでは起こらないとの報告がある

 「キセニア」が種子内の胚乳組織だけで起こりうる現象であったのに対し、種子外の果実等に花粉親の形質が現れる「メタキセニア」という現象があります。根拠①ではキセニア現象によるピーマンの辛味発生説を全否定しましたが、メタキセニアについては100%起こらないとは断言出来ません。しかし、トウガラシの辛味形質においてメタキセニアが起こらないことを支持する先行研究があります。

 太田ら(1961)の研究では、辛味の無い品種である伏見甘長と辛味品種の鷹の爪を人工授粉させ、得られた果実の辛味について調べるという実験が行われました。この実験の結果、鷹の爪の花粉を伏見甘長のめしべにつけて受精させたとしても、辛味が発生することは100%無いことが分かりました。つまり、トウガラシにおいて優性形質親(辛味品種)の花粉が劣性形質親(非辛味品種)と交雑したとしても、劣性形質親の果実内の辛味形質が変化することはなかったのです。太田らは以上の結果からトウガラシの辛味形質に関してメタキセニアは起こらないと結論付けています。

 トウガラシ辛味形質のメタキセニアを100%否定するとはできませんが、上記のように科学的にメタキセニアを否定した研究結果がありますし、私自身の研究の中でピーマンと辛味品種の交配を行うことが頻繁にあるのですが、辛味品種の花粉をピーマンのめしべにつけて得られた果実が辛くなったことは一度もありません。

根拠③ 辛味成分合成に必要な遺伝子がピーマンでは変異によって機能していない

 ここからは、議論の本質からずれてしまうかもしれませんが、花粉以外の理由で鷹の爪を植えることがピーマンに何らかの環境作用をおよぼしていたり、ストレスをあたえていたりするのでは?と考える方がいらっしゃるかもしれません。しかし、これも遺伝学的にはほとんどありえないと考えられます。

 トウガラシの辛味は辛味成分であるカプサイシンによるもので、ピーマンはカプサイシン合成に必要不可欠なPun1という遺伝子が機能していないことが明らかにされています。具体的には、Pun1遺伝子が機能するために必要なプロモーターとエキソンという遺伝子上の領域の大部分が欠失しているとともに、ピーマンではPun1遺伝子がまったく発現していない(働いていない)ことも明らかにされています。このように、ピーマンでは辛味成分合成に必要不可欠なPun1遺伝子の働きが完全に失われているため、どれだけ栽培中にストレスを加えようともカプサイシンが合成されることがないため、辛味が発生することはありません。

まとめ

 ここまでのことをまとめると、

① キセニアは胚乳組織で起こる現象で、辛味成分を合成する胎座・隔壁組織には影響がない

② メタキセニアはトウガラシの辛味形質では起こらないとの報告がある

③ ピーマンでは辛味成分合成に必要な遺伝子が機能していない

 以上3つの根拠からピーマンの隣に鷹の爪のような辛味品種を栽培したとしても栽培中に辛味が発生することがないと考えられます。

【参照】                                    Difference in capsaicinoid biosynthesis gene expression in the pericarp reveals elevation of    capsaicinoid contents in chili peppers (Capsicum chinense), (Tanaka et al. 2017)

The Pun1 gene for pungency in pepper encodes a putative acyltransferase (Stewart et al.  2005)    

トウガラシの辛味に関する生理学的ならびに遺伝学的研究V 辛味の遺伝,太田泰雄,木原生物学研究所,1996 

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