ソバの自家受粉を防ぐ仕組み「異形花型自家不和合性」について

ソバ畑

白い花が一面に広がるソバ畑(上図)。独特の匂いに私はまだ慣れません(笑)。私たちが蕎麦として一般的に食べているのは、ソバ属のなかでも普通ソバ(Fagopyrum esculentum)と呼ばれる種で、蕎麦は結実を経て出来た子実(種子)を乾燥して、粉にした蕎麦粉からつくられています。

しかしこのソバ、必ず他者の花粉が無いと受精が上手くいかず、子孫を残せないのです(ソバを1本だけ植えてもソバの実は出来ません、無論蕎麦打ちも泣)。

これは、自身の花粉では受粉が出来ない「自家不和合性(じかふわごうせい)」と呼ばれる植物の性質によるものです。では、ソバはどのようにして自家受粉を回避しているのでしょうか?

本記事ではソバの自家受粉を防ぐ仕組み「異形花(いけいかがた)型自家不和合性」について詳しく解説していきたいと思います。


【そもそも自家不和合性ってなに?】

 我々ホモサピエンスにしてみれば、繁殖に他者(他個体)を必要とするのは至極当然に思えますが、

植物には繁殖に他者を必要としない「自家和合性(じかわごうせい)」タイプのものと、他者を必ず必要とする「自家不和合性」タイプのものがあります。

カブ・ダイコンなどのアブラナ科植物や、ナシ・リンゴといったバラ科植物は「自家不和合性」を有する植物として知られています。

 「自家不和合性」タイプの植物は繁殖に他者を必要とせず、最悪1個体さえあれば子孫を残すことが出来ますが、不良遺伝子(病気に弱い遺伝子など)が集積される確率が高く、生存に不利になる場合があります。一方の「自家不和合性」タイプの植物は繁殖に他者を必要とするものの、世代更新のたびに遺伝子の交換が行われるため、不良遺伝子の蓄積を回避することが出来ると言われています。


【ソバにみられる異形花型自家不和合性とは】

タデ科植物であるソバには、花の構造が同じ者同士では受粉が出来ないという性質があり、これを利用して自家受粉を回避しています。これは「異形花型(いけいかがた)自家不和合性」と呼ばれ、サクラソウ科やトケイソウ科の植物にもみられる仕組みです。あれ?「花の構造と自家不和合性がどう関係しているの?」と思われたのではないでしょうか。その説明の前に、まずはソバの花の構造について詳しく見ていきましょう。

ソバの花は下図左のように、小さな花がいくつも集まって房のようになっています。この一つ一つの花をみてみると、おしべが長くてめしべ(花柱)が短い花(短柱花)と、これとは反対におしべが短くてめしべが長い花(長柱花)がみられます(下図右)。

興味深いのは1つの個体(植物体)の花はすべて短柱花あるいは長柱花のどちらかに統一されているということ。

先ほど説明した「花の構造が同じ者同士では受粉が出来ない」というソバの特性をふまえると、ソバは一つの個体の中に短柱花と長柱花が混在することはないので自身では受粉が出来ないのです。「異形花型自家不和合性」はこのように、異なる形をした花と花の間だけで受粉を行うという仕組みによって、自家受粉を回避するシステムなのです。

※自家受粉に限らず、ソバは異なる個体であっても短柱花個体同士、あるいは長柱花個体同士ではソバは受精が出来ません。


【異形花型自家不和合性を支配するS遺伝子座】

ここからは、いよいよ遺伝の話です(^▽^)/ 上述した「異花形型自家不和合性」はS遺伝子座と呼ばれる単一の遺伝子座(DNA上の領域)によって支配されていて、その遺伝様式は非常にシンプルであることが知られています。

S遺伝子座には、めしべの長さを支配するG遺伝子が存在すると言われ、この遺伝子座をもっていれば、めしべの長さは短くなります。一方、めしべの長い長柱花個体のS遺伝子座は欠落していると言われ、G遺伝子ごと、ごっそり無くなっていると言われています。

ソバはヒトと同じで遺伝子を2セット持ちますので、S遺伝子座の遺伝のタイプ組み合わせとしては「S/SS/nullnull/null」の三種類が考えられます(nullは遺伝子座の欠落により、S遺伝子座と対になる遺伝子が存在しないことを示す。※下記参照)。しかし、自然界にはS/Sは存在せず、「S/nullnull/null」の2種類しか存在していません。したがって、めしべの短い短柱花個体はS/null, めしべの長い長柱花個体はnull/nullという組み合わせになっており、これらは1:1の割合で存在しています。

※通常、遺伝子の変異はDNA配列の一部に挿入や欠失がみられる小規模なもので、この変異の入った遺伝子は、もとの正常な遺伝子の対になる遺伝子として、「対立遺伝子(アレル)」と呼ばれます。しかし、今回のように大規模なDNAの欠失がみられるS遺伝子座の場合は、対となる遺伝子座自体が無く、S遺伝子座の対立遺伝子座が存在しないため「null」と表現しています。

つづいて、これらがどのように遺伝していくのかを説明します。受粉時には両親の遺伝子のうち、片方の遺伝子のみが次世代にシェアされるため、短柱花個体(S/null)が長柱花個体(null/null)と他家受粉した場合、子世代では下図のような遺伝子セットとなり、短柱花個体(S/null)と長柱花個体(null/null)が再び1:1の割合で得られることになります。

あれ? 「短柱花(S/null)×短柱花(S/null)」や「長柱花(null/null)×長柱花(null/null)」の組み合わせは考えなくていいの?と思われたかもしれません。これらは自家受粉を含む同形花間交配にあたり、異形花型自家不和合性においては起こりえないため、これらのペアでの交配は考えなくてよいのです。

このような遺伝様式によってソバは短柱花個体と長柱花個体で他家交配し、再び短柱花個体と長柱花個体が1:1でバランスよく維持されるようになっているのです。この仕組みは、ヒトの性別の遺伝と同じで、男性と女性の割合が世代によって変化しないこととも似ていますよね。


【花の構造が同じだとなぜ自家受粉が阻害されるの?】

ここまで、「異形花型自家不和合性」の性質と、それを制御するS遺伝子座について説明してきました。S遺伝子座が花の構造を支配するところまではご理解いただけたかと思いますが、そもそもなぜ同形花間で受粉ができないのかについては言及していません。

実際S遺伝子座には、めしべの長さをコントロールするG遺伝子以外に、おしべの長さを制御する遺伝子のほか、同形花の花粉を認識して受精を阻害する遺伝子が存在すると言われています(詳細な遺伝子については現在でも明らかにされていない)。これは次回の記事で詳しく説明したいと思いますので、お楽しみに。


参考文献:Matsui and Yasui. (2020) Buckwheat heteromorphic self-incompatibility: genetics, genomics and application to breeding

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