【辛味の科学】「ししとう」無辛味の謎について

 「ししとう」というトウガラシ、日本人ならば知らない人はいないでしょう(私信)。「ししとう」は日本在来の野菜用トウガラシで(上図)、煮びたしや天ぷらなど、日本料理には欠かすことの出来ない食材です。しかし、この「ししとう」、辛味研究においては、非常に謎が多いトウガラシなのです。具体的にはその「辛味の弱さ」。「ししとう」がなぜ、これほどまでに辛味が弱いのかについては、現在の研究でもほとんど明らかにされていません。本記事では、「『ししとう』無辛味の謎」と題して、「ししとう」の知られざる秘密についてご紹介したいと思います。

「ししとう」の辛味が弱い原因は解明されていない

市販のししとう果実

「ししとう」の非辛味形質は「ピーマン」のものとは別物

 「ししとう」は辛味の無いトウガラシとして流通されていますが、辛味が全くないわけではなく、果実内では辛味成分であるカプサイシンが合成されています。しかし、「ししとう」果実内のカプサイシンの合成量は、通常の辛味品種よりも少ないため、私たちが感じる辛味は非常に弱いのです。このような「ししとう」の極低辛味性形質(辛味が極めて弱い形質)は、「ピーマン」の無辛味形質と同じのように思われますが、実は全くの別物です。

「ししとう」と「ピーマン」の辛味形質の決定的な違いは、カプサイシン合成能力の有無にあります。さきほども述べたように「ししとう」は微量ながらカプサイシンを合成しますが、「ピーマン」はカプサイシンを合成することはありません。ちなみに、「ピーマン」がカプサイシンを合成しないのは、カプサイシンを合成するための遺伝子が機能していないためです。

「ししとう」はカプサイシンを作れるのに作らない「力の持ち腐れ?」

 「ししとう」は「ピーマン」のように、カプサイシン合成遺伝子が壊れているわけではありません。つまり、カプサイシンを作れないのではありません。むしろ、「ししとう」がもつ遺伝子自体は正常であり、稀に、果実内で多量のカプサイシンが合成がされます。皆さんも経験があるかと思いますが、非常に辛い「ししとう」果実に遭遇することがあるのは、「ししとう」のカプサイシン合成遺伝子が正常に機能している証拠です。しかし、このような強い辛味が発生する場合を除き、「ししとう」果実内のカプサイシン合成量は基本的に少なく、低辛味を維持しています。この理由やメカニズムについては未だ明らかにされておらず、現在研究が進行中です。興味深いことは、「ししとう」自身、カプサイシンを合成するための設計図(遺伝子)や道具(酵素)を兼ね揃えているのにもかかわらず、それらを利用していないということです。これは私たち人間からすると「力の持ち腐れ」と言わざるを得ない状況ですが、「ししとう」においては、どのような意味を持つのでしょう?

「ししとうタイプ」の甘味種は日本料理に適している?

日本では、「ししとうタイプ」のトウガラシ(辛味が非常に弱い野菜用トウガラシ)が他にもあり、例えば、京の伝統野菜である「万願寺トウガラシ」や「伏見甘長」はこの類です。これらのトウガラシが、どのような成立過程を経て誕生したのかは不明ですが、トウガラシが日本で伝統的に選抜され、利用されてきたと言う事実は非常に興味深いことであると言えます。

「ししとう」のような唐辛子が、なぜ日本で愛されてきたのかは未だ不明ですが、私から一つ言えることは「ししとう」の煮びたしに「ピーマン」を代用すること出来ないということです(笑)。つまり、煮びたしといった日本料理の食材として「ピーマン」ではなく、「ししとう」のほうが適しているのではないか、ということです。皆さんもご存じの通り、「ししとう」には「ピーマン」とは異なる「苦み」や「風味」、そして遥か遠くで感じられる「辛味」があります。このような「ししとう」独自の味わいは、薄口ベースで素材の味を尊重する日本料理に適しているのではないのでしょうか。

栽培植物の進化は人間の選抜によって進行するため、選抜を行う人々の文化的背景が反映されます。「ししとう」もその一つで、辛い物をあまり食べない文化をもつ日本人が、日本料理に適したトウガラシを選抜した結果、「ししとう」という品種が生まれたのではないのでしょうか。

「ししとう」がどのような経緯で誕生したのかは明らかにされていません。しかし、日本人の食文化に根付いた、私たちの誇りともいえるこの「ししとう」は科学的観点からみても興味深く、世界に発信していくべきトウガラシといえるでしょう(私信)。今後もカプシカム研究所は「ししとう」に関する知見を紹介していきたいと思います。

【参照】・トウガラシ栽培における果実の辛味変動とその要因,松島ら,特産種苗第20号

・The Pun1 gene for pungency in pepper encodes a putative acyltransferase, Stewart et al. 2005

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