バーナリゼーション(春化)の分子メカニズムについて
秋にうっかり収穫し忘れた畑の大根や白菜を、翌年の春になって見てみると、すっかり茎が伸びて、白や黄色の花がきれいに咲いているではありませんか。これは「とう立ち(抽苔)」と呼ばれる現象ですが、秋や冬には咲くことのない花が、春になると咲くのはなぜでしょうか?
とう立ちは大根や白菜に限らず、ホウレン草やタマネギなど様々な植物でみられ、その原因は「日の長さ」や「光の波長」など様々ありまが、本記事ではその一つであるバーナリゼーション(春化)について詳しく説明していきたいと思います。
とう立ちした大根
画像引用元:野菜の育て方・栽培方法 https://www.do-agri.com/sub01/index031.html
とう立ちした白菜
画像引用元:やまむファーム https://ymmfarm.com/cultivation/basis/bolting
バーナリゼーション(春化)とは
バーナリゼーションは春化と呼ばれ、植物がある一定の期間以上低温にさらされると、花芽の形成が誘導される現象です。植物は葉や茎を発達させる「栄養成長」と呼ばれる成長段階から、花や果実を発達させる「生殖成長」というステージへと移行していきます。このターニングポイントになるのが花芽形成の誘導(花芽分化)であり、大根や白菜といったアブラナ科植物の多くは低温にさらされることでこれらが引き起こされます。
よって、大根や白菜の花が春に咲くのは、このバーナリゼーションという現象によるもので、秋~冬にかけて種子や植物体が低温にさらされたことで花芽が形成し始め、やがて茎(花茎)が伸長し、花が咲くのです。
FTさんとFCLさんが支配するバーナリゼーション物語
バーナリゼーションの分子メカニズムは植物種によって微妙に異なり、関与する遺伝子も様々です。ここでは簡略化のため、どの植物種でも登場するであろう超重要2遺伝子を擬人化して説明していきたいと思います。以降は遺伝子のことを人だと思ってください(笑)。※物足りない方は下に詳細があります。
バーナリゼーションという物語に欠かせないのはFT(FLOWERING LOCUS T)さんとFLC(FLOWERING LOCUS C)さんという2人の登場人物です。FTさんは「フロリゲン」という名前でも広く知られ、植物界の「花咲じじい」と言っても過言ではないでしょう。彼は下請けのセクターに花芽形成の命令を出す仕事を担っていますが、不運にも自分の意志で命令を下すことが許されておらず、常にFLCさんという鬼上司の監視下に置かれています。基本的にFLCさんは花芽形成に消極的で、FTさんの行動を厳しく制限しています。このため、FLCさんの威勢の良いうちはFTさんが花芽形成の命令を出すことが出来ず、花を咲かせることが出来ません。

しかし、FLCさんも人間。ただ一つだけ苦手なものがありました。それが「低温」だったのです。FLCさんは低温をある一定期間以上感応した結果、元気がなくなってしまいました。鬼上司がひるんだすきに、FTさんはつかさず花芽形成の命令を出し、次第に抽苔が引き起こされ、きれいな花が咲くのでした。めでたし、めでたし?

FT・FCL遺伝子が支配するバーナリゼーションのメカニズム(詳細)
上記のバーナリゼーション物語を科学的に説明すると、通常の栽培環境下ではまずFCL遺伝子の発現(働き)が活発で、これによって作られるFCLタンパク質が下流のFT遺伝子の発現を高度に抑制しています。FT遺伝子がコードしているFTタンパク質は花芽の形成に必要な様々な遺伝子の発現を他のタンパク質と共役的に促進する役割を持っているため、FT遺伝子の発現が抑制されている状態では花芽形成は誘導されません。
一方、植物体が低温を感応すると、DNAのメチル化によってFCL遺伝子の発現が高度に抑制されることが知られています。DNAは通常、ヒストンタンパク質に巻きついたクロマチンと呼ばれる構造をとっています。クロマチンには、DNAがかなりきつく縛られた「ヘテロクロマチン」という構造と、緩く縛られた「ユークロマチン」という2種類の構造があります。「遺伝子が発現する」とは基本的に、設計図であるDNAから遺伝情報がRNAに転写される(写し取られる)ことを指しますが、このとき目的の遺伝子が存在するDNA領域がきつく縛られたヘテロクロマチンであると、うまくRNAにコピーすることが出来ず、遺伝子の発現(働き)が抑制されます。このクロマチンの変化はDNAのメチル化によって引き起こされ、今回のFLC遺伝子に関しても、まずDNA領域のメチル化(正確にはメチル化されるDNA領域の変化)が低温によって引き起こされ、クロマチンの構造が変化することで、FLC遺伝子の発現が抑制されると言われています。
このようにFLC遺伝子の発現が低温によって抑制されると、当然FLCタンパク質の働きも弱くなり、これまで抑制されていたFT遺伝子の発現が促進されます。これに応じて、FT遺伝子の制御下にある花芽形成関連遺伝子についても発現が促進され、花芽形成へとつながっていくのです。

おわりに
今回はとう立ちの原因の一つであるバーナリゼーションとそのメカニズムについて説明しました。本当は関与する遺伝子がもっとたくさんあったり、日長や光の波長との交絡があったりと非常にメカニズムが複雑で、説明不足な部分もあります。もっと詳しく知りたい方は下記の文献もご参考にどうぞ!
参考文献:
Sharma et al. (2020) The molecular mechanism of vernalization in Arabidopsis and cereals: role of Flowering Locus C and its homologs
Kim (2022) Current understanding of fowering pathways in plants: focusing on the vernalization pathway in Arabidopsis and several vegetable crop plants